スポンサーサイト(-)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- ] スポンサー広告 | | CM(-)

駒ケ岳(0)

6 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/06/23(土) 14:24
中央アルプスの駒ケ岳に行った時のはなし。

久しぶりに山行くべ。と思い立ち、速攻で準備をして出発。
麓に着いたのは、もう17時頃。翌早朝から登りはじめることにして
川原にテントを張った。

メシも食い終わり、さて寝るか

・・・と、川上から川原を誰かが下りてくる足音が聞こえる。
その頃はもう20時を回り、あたりは真っ暗。
ライトをつけていても川原を歩くのは容易ではない。
それに基本的に山をやっている人ならわかると思うが、
暗くなってからの行動はまずしないもの。

それなのに、川上の方を見ても明かりひとつ見えず、
足音とたまに混じる石がぶつかる音が、

ざく・ざく・ざく・・・がらっ・ざく・ざく

と近づいてくる。

ちと、恐ろしくなり、自分はテントにもぐりこんだ。
とりあえず、登山ナイフを引っ張り出してまんじりともせず
足音に耳をそばだてた。

足音は近づいてくる。
明らかに人間の歩く音。熊とかそんなもんじゃぁない。

もうテントから10メートルも離れていないところまで来ている。

・・・・がら。

いきなりテントの横で石の音。


9 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/06/23(土) 14:42
つづき

さすがに怖かったが、
自分は「誰かいるんですか?」と声を出した。

・・・答えはない。

足音もピタリと止んでいる。
だが、このテントのすぐ近くに、何かがいることだけは
感覚的にわかる。

(こりゃやべぇな。)

何回か経験のある「ぞわっ」とした感じ。

だけどこのままというわけにもいかず確認してみることにする。
電気式のランタンの明かりを限界まであげ、テントの外に投げる。
ランタンは転がりながらも、周りを照らした。

テントの内部には外の石ころや草の陰が映った。

が、それだけ。人影は無い。

後ろに回りこんだか?とも思ったが、もうひとつのコールマンランタンに明かりをつけ
ナイフをにぎりテントから出てみた。

誰もいなかった。

ただ、テントの脇の石がひとつだけ濡れた面をさらけだしていた。


10 名前: 6 投稿日: 2001/06/23(土) 14:49
一応、ホントの体験です。

翌日、予定通り山に登りました。

山上に碑があり、ここで大正の時代にたくさんの
子どもたちが引率の先生とともに遭難したのを知ったのは
この時でした。

その碑の前でまた「ぞくっ」としましたが。


11 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/06/23(土) 14:58
三浦友和主演で映画になったよね
「教育の礎(いしずえ)」だったっけ
勘違いかな、記憶がはっきりせん


12 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/06/23(土) 15:13
ただしくは「聖職の碑」
新田次郎原作
本当にあった遭難事件で、かなり悲しい死に方の連続。
子どもたちが目の前でどんどん死んでくなか
その教員も一緒に登った校長の幽霊にあったりしている。


16 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/06/23(土) 18:50
そういう内容だったのか・・>聖職の碑


17 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/06/24(日) 19:30
聖職の碑はねぇ、赤のドキュソ教師がいたんだが、校長と激しくやりあってたわけ。
ところがその校長山に子供とピクニックに行って遭難したわけ。
子供達は私の命だ!とか言って死んじゃうわけよね。

ドキュソ教師が捜索に行って発見するのだが校長は自分の上っ張り以外は
全部子供に着せていて一枚しか着物着てなかったわけ。それを見て
教育に右も左もない、あるのは真心だけだと改心する。そういう話し

サブタイトルはドキュソ教師の改心


20 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/06/28(木) 21:36
子供の頃見た
いろんな意味で不快な映画であった。


23 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/06/28(木) 21:54
>>20
例えば?


32 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/07/01(日) 23:51
>>23
中学生の頃、学校で見せられたんですけど
意識がすっかり、死んでいく子供たちに同化してて
「誰が山に登りたいなんて言ったよ!!!」って感想のみでした。
登りたくもない山に教師が勝手に決めたことで登らされて
天候変わりそうな気配のときに山降りればいいものを
どんどん登らせられちゃって(ここは記憶違いかもしれません)、
挙句凍死させられる。
どう見ても、大人の(教師の)都合に振り回された子供たちは
被害者にしか見えなかったのでした。

がっこの先生たちはあれを見せて、あたしたちにどう感じろと
言いたかったんだろうと今でも疑問です。
あれを見て、教師が聖職なのだと感じろっていうなら
あんまりじゃないかと・・・。
あたしには、当時(今でも)ただただ怒りしかありませんでした。

随分前の記憶だし、そもそもガキの頃ですから着眼点が全然間違ってて、
本当に見せたかったテーマは、他の方が書いてらっしゃるように
思想など超えて教師は聖職だってことなのでしょうけれど、
現に見た人間が、そんなこと意にも介さず不快感だけを覚えてしまってる場合
それってどうなんでしょ。
あたしの記憶の中には、寒がりながら死んでいく子供たちの姿だけです。
寒いよぅ・・・お家に帰りたいよぅ・・・(涙)


33 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日: 2001/07/02(月) 23:12
そうそう。
基は白樺派が教育の一環として大きく取り上げられた
時代だし、教育の要として肉代鍛錬も重要だ!
と叫んでいた時代なんだよねー。

いや、鍛錬が悪いとはいわないが、
あの連中運悪すぎ。

スポンサーサイト
[ 2010/03/09 ] 【Short】 山. | | コメント(0)
コメントの投稿
※サーバーの混雑等により、コメントの反映に遅延が生じる場合があります。



Powered By 我RSS


freearea
freearea
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。